研究内容(一般・学部生向け)
専門分野:極限環境微生物学(好アルカリ性細菌)、微生物生理学
研究のねらい
その中でも高アルカリ性環境を好んで生育する微生物(好アルカリ性細菌)が持っている“特殊な能力”を解明し、社会に役立てる研究を推進しています。好アルカリ性細菌が生産する酵素やそこから作り出される産物は、私たちの社会の中で役立っています。詳しくは、 講談社ブルーバックスWebに記事(
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59091)
を書いていますのでそちらをお読みください。
極限環境生命科学研究室では、
➀極限環境微生物がどのような“特殊能力”をもっているのか?
➁その能力は、どのようなメカニズムによるものなのか?
③その能力を私たちの生活に役立てることはできないか?
をテーマに日々研究を行っています。
主な研究テーマ
1) 二種類の異なる微生物の共培養時におけるバイオフィルム形成や運動性向上の解明
(キーワード:共培養(シンビオシス)・バイオフィルム・遊泳加速)
本研究テーマでは、細菌を意図的に混合して培養する共培養時における細菌の運動性変化およびバイオフィルム形成に着目して研究を行っています。本研究では同一の土壌サンプル中から分離されたMethylobacterium sp. ME121株(以後ME121株と記す)と、Kaistia sp. 32K株(以後32K株と記す)を使用しています。両菌株ともグラム陰性細菌であり、ME121株は単極べん毛を持ち、運動性がある。一方、32K株はべん毛を持たず、運動性はない。これまでの研究結果から、ME121株と32K株の共培養時とME121株のみの単独培養時を比較すると、共培養時の方がME121株の有意な運動性向上が観察されます。また、32K株を単独で培養し取得した32K株培養上清を用いてME121株の遊泳観察を行った場合でも、運動性の向上が観察されます。このことから、32K株培養上清にME121株の運動性向上因子(K因子と命名)が存在することが推察されました。そこで32K株培養上清中に存在するK因子の精製および同定を試みた結果、組成の約55%が中性糖から構成される多糖類であることが明らかになりました。以上のことから、ME121株の運動性向上には32K株の生産する菌対外多糖類(Extracellular polysaccharide, EPS)の可能性が示唆されています[3]。
EPSはバイオフィルムの主成分です。EPSと推定された運動性向上因子について研究することは、バイオフィルムの形成メカニズムの解明にも寄与することが期待されます。現在、ME121株の運動性向上機構の解明とME121株と32K株のバイオフィルム形成について研究を推進しています。
[1] Colagiorgi et al., Microorganisms (2016), 4, 4030022.
[2] Petrova OE and Sauer K, Curr Opin Microbiol (2016), 30, 67-78
[3] Usui Yet al., Biomolecules (2020), 10 (4), 618
2)好アルカリ性細菌Microbacterium sp. TS-1株のセシウム耐性機構の解明と応用
(キーワード:Cs+耐性、生物資材によるセシウムイオン回収技術の確立、好アルカリ性細菌)
私たちの研究室では、 2013 年にハエトリグモを擦潰したサンプルから好アルカリ性細菌 Microbacterium sp. TS-1 株 (TS-1 株 ) を単離し、そのゲノム配列を報告しました [5] 。この菌の生育至適 pH は 9.0 であり、大腸菌などが生育阻害を示す 0.4 M CsCl を含む培地で良好な生育を示し、 1.2 M CsClを含む培地でも生育する高濃度セシウムイオン耐性細菌 であることがわかりました。これまで報告されている高濃度 Cs+ 耐性菌の CsCl に対する生育上限濃度は、 Yersinia sp. Cs67-2 株の 0.5 M CsCl が最高 [6] であったことから、 TS-1 株は Cs+ に対して新規性が高く特殊な耐性機構を保持していると考えられます。
本研究テーマでは、 TS-1 株の Cs+ 耐性機構を明らかにし、ここで得られた新規な遺伝子資源を利用して高効率なセシウムイオン回収技術を開発することを目指しています。
[1] Buesseler O. K et al, (2012) PNAS 109, 5984-5988
[2] Avery S. V et al (1995) J. Ind. Microbiol. 14, 76-84
[3] Jung K et al (2001) J. Bacteriol. 183, 3800-3803
[4] Bossemeyer et al, (1989) J. Bacteriol. 171, 2219-2221
[5] Fujinami et al, (2013) Genome Announc. 1: e01043-13[6] Avery S. V. et al (1995) Microbiology 14, 76–84
3)Mrp(マープ)型Na+/H+アンチポーターを標的とする新規黄色ブドウ球菌生育阻害剤の探索
(キーワード:黄色ブドウ球菌、創薬ターゲット、Na+/H+アンチポーター、阻害剤探索)
本研究の研究対象であるMrp型Na+/H+アンチポーターは、多くの微生物に普遍的に存在します[1,2]。また、細菌感染症を引き起こす黄色ブドウ球菌や緑膿菌では、mrp欠損株がマウスへの感染率と病原性の低下を引き起こすことが報告されています[3,4]。このようにMrpは、感染症や多剤耐性菌予防の有望なターゲットタンパク質として期待されています。私達の研究室では、これまで黄色ブドウ球菌や好アルカリ性Bacillus属細菌由来のMrpの機能解析を行ってきました。そこで、低分子化合物ライブラリーを活用して創薬研究にも直結する黄色ブドウ球菌由来のMrpに特異的な阻害剤の探索を行っています。
[1] Swartz et al., Extremophiles, 9, 345–354 (2005)
[2] Ito et al., Frontiers in Microbiology, 8, e2325 (2017)
[3] Kosono et al., Journal of Bacteriology, 187, 5242–5248 (2005)
[4] Vaish et al., Journal of Bacteriology, 200, e00611-17 (2018)
4) 3Dプリンターやスマホ顕微鏡を使った生命科学教育教材の開発
(キーワード:3Dプリンター、スマホ顕微鏡、理科教育、アウトリーチ、クマムシ)
5) ハイブリッド型生物モーターのイオン選択透過分子機構の解明
(キーワード:べん毛モーター、ハイブリッド・ナノマシン、環境適応、好アルカリ性細菌)
【参考資料(日本語)】
1. 伊藤政博、“世界初:二価陽イオンで駆動するべん毛モーター”、化学と生物、Vol.55 No.3 印刷中 (2017)
2. 伊藤政博、“ ~第三のイオンで働くナノマシンの発見~”、化学と生物、Vol.52 No.12 Page. 793 - 795(2014)
3. 寺原直矢、佐野元彦、伊藤政博;“ ”, 生物物理 54(1), 22-23(2014)doi: 10.2142/biophys.54.022
4. 寺原直矢、佐野元彦、伊藤政博;“ 第3のイオンで駆動するハイブリッド型生物モーターの発見”, バイオサイエンスとインダストリー、Vol. 71, No. 4, 346-348 (2013)
6) 好アルカリ性細菌のアルカリ環境適応機構
(キーワード:極限環境、アルカリ環境への適応機構、好アルカリ性細菌)
好アルカリ性細菌は,多様な分布を示す極限環境微生物の一種であり,その中のいくつかはpH12以上の強アルカリ性環境でも生育することができます。好アルカリ性細菌は,バイオレメディエーションや産業応用に利用される酵素の生産菌としても有名です。そして,最近では特に“好アルカリ性”とさらに別の極限環境でも生育するような微生物(例えば,好熱好アルカリ性細菌,好冷好アルカリ性細菌,好塩好アルカリ性細菌などのpolyextremophiles)からの有用酵素の分離例も報告されるようになり、世界中で研究が進められています。近年,好アルカリ性細菌のゲノム解析が増え続けているおかげで,これらゲノム情報を利用した有用酵素の研究も進められています。さらに,タンパク質工学的手法を用いた耐アルカリ性酵素の改変技術も進歩しています。
・好アルカリ性バチルス属細菌の細胞表層がアルカリ適応に及ぼす影響について
C-125株とOF4株の細胞壁の模式図を図1に示します。
好アルカリ性バチルス属細菌のペプチドグリカン構造は,一般的なバチルス属細菌(例えば納豆菌(バチルス・ナットー))のものと同じ構造をしています。好アルカリ性バチルス属細菌の細胞壁の特徴は,高アルカリ性環境に適応するための二次的な細胞壁ポリマー(SCWPs)を持つことです。
このような二次細胞壁ポリマーとして,C-125株では酸性の高分子が存在します。特にテイクロノペプチドと呼ばれる酸性高分子を作れなくなったC-125株の変異株は高アルカリ性環境での生育の悪化が悪くなること報告されています。
OF4株では,ガンマ-ポリグルタミン酸の他に細胞表層タンパク質SlpAが存在します。このSlpAは酸性アミノ酸含量が高いという特徴があり,SlpAを欠損させたOF4株の変異株は高アルカリ性pH・低Na+濃度環境での生育が悪化することが報告されています。
C-125株とOF4株は比較的近縁であり,そのゲノムを比較すると,多くの共通点がありますが,二次細胞壁ポリマーに関する遺伝子については多くの相違点があります。しかし,どちらの二次細胞壁ポリマーも酸性アミノ酸などの酸性化合物を多く含んでおり,①細胞壁に存在する二次細胞壁ポリマーがもつ多量の陰荷電が,高アルカリ性環境下での菌の生育に有利に働くこと,②高アルカリ性環境に多量に存在する水酸化物イオン(OH-)の細胞内への流入に対して細胞壁中の二次細胞壁ポリマーが障壁の役割をしていることが示唆されています。
この他にも,好アルカリ性Bacillus属細菌の細胞壁や菌体外に存在するタンパク質は,酸性アミノ酸の含量が多く,その等電点(pI)が低い傾向にあります。好アルカリ性細菌にとって低pIのタンパク質を細胞表層にもつことは,Na+やH+を細胞表層近傍で引き付けるのに役立っている可能性が示唆されています。
・好アルカリ性バチルス属細菌のアルカリ性環境適応における細胞膜の機能的役割
好アルカリ性細菌は高アルカリ性環境下においても,その細胞質を中性から弱アルカリ性に維持している.OF4株の場合,外環境pHが10.5の場合、細胞内pHは8.3程度に維持されています。このように細胞内pHを外環境pHよりもpHユニットで2程度低く保つことは,細胞内のホメオスタシス(恒常性)に重要であると考えられています。また,一般に好アルカリ性細菌は,べん毛の回転や栄養の取り込みにナトリウム駆動力(細胞内外のNa+濃度差と膜電位差による電気化学的ポテンシャル差)を利用します。高アルカリ性環境下では細胞内がより酸性化されてプロトン駆動力形成に不利なために代替エネルギーとしてナトリウム駆動力に依存していると考えられています。そのため,高アルカリ性環境における細胞内酸性化やナトリウム駆動力の維持は,アルカリ適応の重要な機構の一つであるといえます。そこで,次に、高アルカリ性環境における細胞内ホメオスタシスの主要な役割を担うNa+/H+アンチポーターについてと、高アルカリ環境での酸化的リン酸化によるATP合成について紹介します。
・アルカリ環境適応におけるNa+/H+アンチポーターの役割
Na+/H+アンチポーターは,細胞内へのH+の再取込み経路の一つとして,また,細胞内へ流入するNa+の排出経路としても高アルカリ性環境適応に不可欠な膜内在性タンパク質として知られています。Na+/H+アンチポーターの交換輸送はプロトン駆動力に共役しており,大腸菌NhaAでは1Na+/2H+の交換比率で輸送が行われています。このように,より多くのH+を輸送することで,高アルカリ性環境下においても膜電位依存的にNa+を能動輸送することができると考えられています。またNa+/H+アンチポーターはどの生物種においても普遍的に存在するタンパク質であり,細胞内ホメオスタシスにとって重要な役割を担っています。特に好アルカリ性バチルス属細菌においては,Mrp (マープ;Multiple Resistance and pH adaptation)と呼ばれるNa+/H+アンチポーターが高アルカリ性環境適応において中心的な役割を担っています。
・好アルカリ性バチルス属細菌における酸化的リン酸化の特徴
細胞内で消費される大半のATPの合成は,呼吸鎖により形成されるプロトン駆動力を利用してATP合成酵素が行っています。通常,このような細胞膜上で行われる一連の酸化的リン酸化は,プロトン駆動力に共役して行われますが,嫌気性好アルカリ性細菌のようにナトリウム駆動力を利用してATP合成を行う例も発見されています。一方で,OF4株やC-125株のような好気性好アルカリ性バチルス属細菌は,べん毛の回転や栄養の取り込みにナトリウム駆動力を利用しますが、酸化的リン酸化によるATP合成にはプロトン駆動力を利用しています。高アルカリ性環境は,プロトン駆動力を利用しづらいので好アルカリ性バチルス属細菌はこのような環境において効率よくATP合成を行う機構を兼ね備えていると考えられています。
好気性好アルカリ性バチルス属細菌のFoF1-ATP合成酵素やプロトンポンプとして機能する呼吸鎖複合体のcaa3型シトクロム酸化酵素のサブユニットは,アミノ酸配列のマルチアライメント解析により好アルカリ性細菌特有のモチーフを持つことが明らかとなっています。OF4株のFoF1-ATP合成酵素において,この好アルカリ性細菌に特有のモチーフに好中性細菌のものと同じアミノ酸置換変異を導入することで,高アルカリ性環境での生育低下やATP合成能の低下が引き起こされることが報告されています。また中性環境よりも高アルカリ性環境で生育させた好アルカリ性Bacillus属細菌の細胞膜には電子伝達系の成分であるシトクロムが通常の数倍存在することも報告されています。また,pH10.5で培養したOF4株では,caa3型シトクロム酸化酵素がFoF1-ATP合成酵素よりも4倍量も過剰に発現しています。反対にpH7.5で培養したOF4株では,1.6倍しか発現量に差がありません。これらのことから,電子伝達によって排出されるH+は,細胞外液と平衡にならず,細胞膜内で直接FoF1-ATP合成酵素に渡して利用されればATP合成は可能と考えられています。私の留学先で現在も共同研究をしているマウントサイナイ医科大学のKrulwichらによりこの細胞膜内を介した局所的H+の循環によるエネルギー共役説が提唱されていますが,いまだに証明はされていません。
現在までに,飽和移動電子スピン共鳴法や示差走査熱量測定法といった手法を用いて試験官内でcaa3型シトクロム酸化酵素とFoF1-ATP合成酵素が共局在していることが報告されています。しかし,実際の細胞内での共局在に関する直接的な証拠は得られていません。
ミトコンドリア呼吸鎖では,呼吸鎖複合体やFoF1-ATP合成酵素が超複合体を形成して効率的なプロトン駆動力の利用を図っていることが示唆されています。好アルカリ性細菌においても小さなプロトン駆動力しか得られない高アルカリ性環境でエネルギー共役に関わる膜タンパク質間の距離を近接させることで,呼吸鎖から排出されたプロトンが外環境の水酸化物イオンとの中和に利用されるのではなく,直接的にATP合成酵素にプロトンを受け渡すことによって,より効率的にATP合成を行っている可能性が示唆されています。今後、この問題の解明が待たれるところです。
・好アルカリ性バチルス属細菌の細胞膜表層
好アルカリ性バチルス属細菌の細胞膜は,好中性細菌と比べて,非常に多くのアニオン性脂質(主にカルジオリピン)を含有している.このようなマイナス荷電を帯びた脂質は,先述した細胞壁の酸性化合物と同様に細胞表層近傍でのNa+やH+などの保持に関与し,効率的なエネルギー共役に加担していると考えられています。
7)好アルカリ性Bacillus属細菌の持つ膜電位開閉型Na+チャネル(NaChBac)の生理的機能の解明
(キーワード:好アルカリ性細菌、Na+チャネル)
微生物のイオンチャネルは、結晶化が難しい真核生物のイオンチャネルの立体構造解析に役立っており、細菌におけるこれらイオンチャネルの生理学的機能の解明が期待されています。好アルカリ性バチルス属細菌では膜電位駆動型Na+チャネルNaChBacは、高アルカリ性環境でのNa+調節や運動性などに関係していることが分かってきました。研究内容の詳細は、「研究内容(研究者向け)」のページをご覧ください。